経理OLから約20年後の話。
 私は花屋を始めた。幼い頃「花屋さんごっこ」をしていた時、大人になり花屋さんをしている自分が見えた。花屋をやりたいとは思っていなかった。やりたかったのは「ガーデニング設計」の仕事。
 ただ当時、まだガーデニングは知られていなかった。儲かると言われていた花屋から始めるのが最善と考え「花屋さん」になった。
 花屋を始めれば、すぐに儲かり悠々自適にガーデニング生活を送ることが出来ると思いこんでいた。 ところがどっこい、商売は甘くはない。OL時代にこつこつ貯めたお金も約10か月で底をつき、この先どうすれば良いのかもわからない状態。朝仕入れから帰る途中、居眠りし、交通事故を起こす始末。
 この仕事は、やめようと思ったが、事故後いろいろな人に助けられ継続。生まれて初めて「借金」をし「簡易ログハウス」を購入。花屋ではなく、もともとやりたかったガーデン設計の仕事を始めることができた。がそれでも素人芸。借金は増える一方。又、行き詰まり。こんな事をし始めた自分を責め、現状から逃れたいとしか考えられなくなった。
 そんな時に「ガラクタ捨てれば自分が見える」という本に出合った。この本には、捨てることの意義が書いてあった。「今いる場所や状況を恨んでも、どうにもならない。状況を変えたければ身の回りを整理する事」「後々役に立つかも?みたいなとりあえず置いてある物は捨てなさい。そして、お気に入りの必要な物だけ残しなさい」みたいな内容。
 思い出の品や、まだ使えそうな物を捨てる事が「もったいない」と、しつけられていた私にとって「目からうろこ」。その本のおかげで「捨てる勇気と覚悟」を持つ事ができた。
 「捨てる片付け」をはじめ、部屋や事務所と共に心もすっきりし、すがすがしさを感じた。
 その頃から、あり得ない不思議なことが起こり始めた。
 ログハウスを始めるときに借りた土地は、フランス料理店の借りていた敷地。そのフランス料理店が「やっていけなくなったので、出て行ってほしい」と言ってきた。これからここで頑張ろうと思った矢先の出来事。引っ越すお金も場所も無い。頭は空っぽになったが、出ていくしかない。かわいいログハウスは借金も残っているし捨てがたく移転を考えた。運よく、近くの知り合いの土地を借りることが出来、移転の準備を始めた。しかし、お気に入りのそのログハウスは小さくトイレが作れない。泣く泣く手放す事にした時、頭に浮かんだのが、移動の出来る「トレーラーハウス」。
 ログハウスを捨てると覚悟したその日に移転先の地主さんから電話が入る。「駐車場契約でしか貸せないので、今回の件はなかったことにしてほしい」と。しかし、すかさず、頭に浮かべていた「トレーラーハウスなら、どうでしょうか?」と答えたら、OKが出た。
 またまた借金をする事にはなったが、トイレのある「トレーラーハウス」の事務所を得た。何も持たないどころかマイナスの私に起こった「あり得ないバージョンアップの現実」簡単には言えない移転の苦痛は味わったが、その後、住居のマンションも立ち退きに合い、住居までもバージョンアップする奇跡。捨てることを決めてから、私の人生は、大きく変わった。2025-02記述 

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