経理OLから約20年後の2005年の話。
私は花屋を始めた。幼い頃「花屋さんごっこ」をしていた時、大人になり花屋さんをしている自分が見えた。が、花屋をやりたいとは、まったく思っていなかった。やりたかったのは「ガーデニング設計」の仕事。
ただ当時、まだガーデニングは知られていなかったので儲かると言われていた花屋さんを始めてみることにした。
すぐに儲かり悠々自適にガーデニング生活を送ることが出来ると思っていた。 ところがどっこい、商売は甘くはない。OL時代に、こつこつ貯めたお金も約10か月で底をつき、この先どうすれば良いのかもわからない状態。仕入れから帰る途中、居眠りし交通事故を起こす始末。
もうこの仕事は、やめようとしたが、いろいろな人が助けてくれて継続。これをきっかけに、生まれて初めての「借金」をし「簡易ログハウス」を購入。花屋ではなく、もともとやりたかったガーデン設計の仕事を始めた。がそれでも素人芸。借金は増える一方。又、行き詰まり。こんな事をし始めた自分を責め、この世から去りたいとさえ思うほど、気がめいっていた。
そんな時に「ガラクタ捨てれば自分が見える」という本に出合った。この本には、捨てることの意義が書いてあった。「今いる場所や状況を恨んでも、どうにもならない。状況を変えたければ身の回りを整理する事」「後々役に立つかも?みたいな、とりあえず置いてある物は捨てなさい。そして、お気に入りの必要な物だけ残しなさい」そんなような内容。
思い出の品や、まだ使えそうな物を捨てる事が「もったいない」と、しつけられていた私にとって「目からうろこ」。それからは「捨てる勇気と覚悟」を持つ事ができた。
「捨てる片付け」をはじめ、部屋や事務所と共に心もすっきりし、すがすがしさを感じた。
その頃から、あり得ない不思議なことが起こり始めた。
ログハウスを建てていた土地は、フランス料理店の借りていた敷地。そのフランス料理店が突然「やっていけなくなったので、出て行ってほしい」と言ってきた。これからここで頑張ろうと思った矢先の出来事。引っ越すお金も場所も無い。頭は空っぽになったが、出ていくしかない。かわいいログハウスは借金も残っているし捨てがたかったが、泣く泣く手放す事にした。その時、頭に浮かんだのが、移動の出来る「トレーラーハウス」。 ログハウスを捨てると覚悟したその日に移転先の地主さんから電話が入る。「駐車場契約でしか貸せないので、今回の件はなかったことにしてほしい」と。しかし、すかさず、頭に浮かべていた「トレーラーハウスなら、どうでしょうか?」と答えたら、OKが出た。これも奇跡。
またまた借金をする事にはなったが、「トレーラーハウス」の事務所を得た。マイナスの私に起こった「あり得ないグレードアップの現実」簡単には言えない移転の苦痛は味わったが、その後、住居のマンションも立ち退きに合い、住居までもグレードアップする奇跡。捨てることを決めてから、私の人生は大きく変わって20年後もガーデニングの仕事を続けている。2025-02記述

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